13
バブルの頃の話。

あの頃は若かった。

終電逃せばタクシーなんか捉まらないから朝までナイトフィーバーだった。

知り合った女をノリで女を口説けて、ノリでセックスできた。

気に入った女なら、今ならメルアド訊くんだろうが、そんなもの無い時代、来週も会う約束を取り付けて別れた。

待ち合わせにやって来る女、心変わりして来ない女、まあ半々くらいだった。

二度目三度目と会ううち、セフレとなる女とは電話番号を交換して遊んだ。

そんな大学生活の後半、遊ぶ金欲しさにバイトしてたっけなあ。


最も美味しいバイトは、バブルに任せて遊び呆けている旦那の奥様のお相手。

40代のマダムとは、家事が終わった昼下がり、マダムの車でラブホへGO!
30代のマダムとは、子供が幼稚園に行っている午前中にラブホへGO!
白昼のラブホは、マダムと学生のカップルで溢れてたもんなあ。

夜は逆で、オヤジと若い女子大生のカップルがかなりいた。


マダムはラブホ代も払ってくれるし、帰り際にお小遣い1万円くらいくれた。

会ってから別れるまで三、四時間で1万円、熟れた女体も抱けて稼げるいい時代だった。


大学を卒業して地元に戻って就職、都会ほどバブリーではなかったが、合コンが華やかなりしころだった。

地元企業や女子大、たまに短大、地方都市でもそこそこ女を漁れた。

都会ほど選り取り見取りではなかったが、その分ライバルも少ないから贅沢言わなければワンナイトラブは難しくなかった。

都会ほどラブホも込んでなかった(待っても1時間)。

え?まさかこんなウブっぽい娘が?って女の子をゲットして、ラブホへ連れ込んだのが24歳の時だった。

地元に帰って以来、ゲットした中では最高に可愛い娘で、短大2年生だった。

マンコもまだ初々しく、都会のヤリマン女子大生みたいに崩れてない美麗マンコだった。

それでも合コンに来るくらいだったから、クンニも平気でさせてくれたし、フェラも上手かった。

「アアン、アンアン・・・」
ハメてからの反応も遠慮がちで可愛くて、すっかり気に入っちゃったが、次回会う約束は取り付けられなかった。

それから暫く、その娘のことが忘れられず、短大の付近をウロウロもした。


丁度その頃、都会ではバブルが弾け、その波が地方へも伝搬しはじめた。

少しずつ景気が悪化し、ナイトフィーバーどころではなくなった。

真面目に仕事に勤しむようになったら、取引先で例の短大生だったウブっぽい娘と2年ぶりにバッタリ!
一晩ハメあった同士、名刺交換して、そのあと一気に口説いた。

「出来れば結婚を視野に入れて付き合ってよ。

この「結婚」の二文字が功を奏して、初デートがラブホ。


2年前とそんなに変わらない純情マンコを舐めつくし、感じすぎて恥ずかしがっても止めずにクリ吸い転がした。

「んああ、んああ、ふあーーーーっ」
多分、20分は吸い転がしてたと思う。

ガクガクしながらクリ逝きしちゃった。

そのあとチンポで掻き回して、一度逝った敏感マンコで今度は中逝きさせた。

あの頃はまだ我慢不足で、クンニで一度逝かせないと、中逝きはまだ難しかったっけ。

逝くとき、はしたなく乱れたことが恥ずかしかったようで、
「この2年のうちに、逝き易くなった?」
「私、逝ったの初めて・・・」
本当かウソか知らないが、俺とのセックスに夢中になりそうと言われ有頂天、この1年後、結婚した。


俺27歳、嫁23歳、今では早い結婚かもしれないが、当時は普通の新婚カップルだった。

二女一男で5人家族、幸せいっぱいで暮らしてきた。

50歳になっても、46歳の嫁が可愛くて飽きずにハメてる。

俺もバブルの頃、数えきれない女とハメてきた。

大学から嫁に再会するまで、100人は超えてると思う。

それだけいて、彼女と言えたのは2人だけだったが・・・
そして、嫁の体をワンナイトで通り過ぎた男もまた、相当数いただろう。

あどけない顔をした短大生だった嫁は、今じゃ真っ黒いマンコで俺のチンポを食い尽くしている。

バブルを過ごした俺たち夫婦は、今でもお互いの体を求める肉食なのだ。