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ぼくが子供の頃に『おしりぺんぺん』が流行しました。

おかしな現象ですが、遊びの一環として流行ってしまったのです。

まだ10歳のぼくはその中心にいました。

もちろん怒る大人たちはもちろん真剣そのものでした。

家でいたずらをしたり食べ物を粗末にしたときは母親が。

小学校でけんかをしたり宿題を忘れたときは先生が。

してはいけない事をしたとき、いい子になれという願いをこめてぼくたちに『おしりぺんぺん』していました。

罰の程度は家によってまちまちでしたが、小学校ならば先生のあたりはずれで決まります。

ぼくたちの担任の『おしりぺんぺん』は痛いと評判になるほどで、実際やられてみると飛び上がるほど痛かったのです。


大人と子供の体格差があるとはいえ、小柄な女性で見た目はまったく怖くありません。

なのにどこにそんな力があるのか不思議なほど、パシン!パシン!と大きな音を教室に響かせていました。

クラスの大半はその罰をおそれてあまり目立った悪さはしなくなりました。

しかしぼくたち一部の男子がこの環境を遊びに変えてしまったのです。

それはわざと『おしりぺんぺん』を受け、自分は平気だったとアピールする遊びでした。

はじまりは、痛いのを強がって痛いと言わない程度の微笑ましいもので、その日に罰を受けることになった子同士の強がり合戦といったところです。

ぼくたちは打たれることを『修行』と呼び、痛みに耐えるほど強くなるという漫画のごっこ遊びに興じていたのです。

その遊びがエスカレートしていき、教室に変化が見られました。

『修行』のため、わざと『おしりぺんぺん』を受けようとする子まで出はじめたのです。

それが日に日に増えていったことで、担任も対策を取らざるをえないようでした。

家に連絡が入ったのです。

遊びで『おしりぺんぺん』を受けようとする子たちがいるから家でも注意してほしいと。

ぼくがその悪童たちの中心にいたことも母親にばれてしまいました。

そして母親は本気で怒ります。

声を荒らげることなく静かに怒っていたのです。

翌日になって、『おしりぺんぺん』が遊びでないことを思い知らされたのです。

まず朝。

小学校へ向かう前におしりをひん剥かれピシャピシャ30発ほどぶたれました。

ああこれが昨日の罰なのだとそのときは思い、おしりをひりひりさせながら通学路を歩きます。

教室に着くころには痛みはひいていましたが、椅子に座るとまだじんわり温かかったです。

ほかの子たちも家で怒られていたのか、もうわざと担任の罰を受けようとする子はいませんでした。

ですがぼくはまだ許されていなかったのです。

家に帰ると母親が正座して待っていました。

さぁ、『おしりぺんぺん』するわよ。

母親はそういって朝と同じようにぼくの下着に手をかけます。

朝受けたはずだと抵抗すると、朝夕晩の3回あると言われてしまいました。

母親は『おしりぺんぺん』が決して遊びでなく、罰であることを教えたかったのだと思います。

朝晩はどちらも30発ほど。

夕方は100発です。

本当ならすべて100発にすることも考えたといいます。

朝の学校と、晩の就寝に支障がでるといけないので30発にしてくれたそう。

それでも合計160発。

これが4日間も毎日おこなわれ、5日目の夕方にぼくが音をあげるまで母親は心を鬼にして叩いていたそうです。

本気だったからぼくにも伝わった。

それだけです。

愛情と虐待は紙一重といいますが、ぼくはこの母親を尊敬していますし間違っていたとも思いません。

もしも同じことをしたら、今度はすすんでおしりを差し出すでしょう。

それが愛情だとわかっているのですから。