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あれは高校1年の冬の日のこと。

5時間目の数学の授業が始まって10分後、自分は後悔していた。

トイレに行きたくなってしまったからだ。

どうして休み時間に済ませておかなかったのか。

高校生にもなって「先生、トイレ!」は恥ずかしい。

しかも数学の先生は、厳しいことで有名だ。

なんとか我慢するしかない。

そう心に決め、自分と膀胱との戦いが始まった。


授業開始から20分。

尿意はだんだんと強まっていく。

このまま最後まで頑張り通せるのか。

不安と恐怖が心に広がっていく。

と、その時だった。

隣の席に座るKさんが、自分にノートの切れ端を渡してきたのだ。


一体何だろう?
疑問に思いながら切れ端を見ると、そこにはこう書いてあった。

『○○君もトイレ?』

バレてる!
身近な女子にトイレに行きたい事がバレてる!
恥ずかしさで心がいっぱいになる自分。

が、しかしそこで、ふと自分は冷静になった。

○○君『も』?
そこで自分もノートを千切り、こう書いてKさんに渡した。

『Kさんもトイレ?』

自分からのメモに目を通したKさんは、コクリとうなずいた。

そして続けて、次のメモを渡してきた。

『我慢できなくなったら、一緒に行こう?』
どうやらKさんも、授業中のトイレは恥ずかしいらしい。

いや、厳しい先生の授業中に、一人で抜けるのが怖いのか。

とにかく自分は、再びノートを千切り、メモをしてKさんに渡す。

「とにかく、頑張れるところまで頑張ろう」

Kさんはまたコクリとうなずき、そのまま俯いてしまった。

自分も、他人を気にしている余裕はない。

どうにか授業に集中し、尿意を紛らわせようとする。

あと30分。

長い長い戦いは、始まったばかりだった。


しかし時間は刻一刻と過ぎ、授業終了まで残り10分となった。

絶えず押し寄せてきた尿意も、今は多少引いている。

これなら最後まで我慢できる。

そう思った時だった。

隣の席でせわしなく体を動かしていたKさんから、三度メモが渡された。

『もうガマンできない。

一緒にトイレに行って』

どうやらKさんは、俺より先に限界を迎えたらしい。

しかし自分はKさんと違って、最後まで我慢できそうなのだ。

そう思った自分は、申し訳ないと思いつつ、Kさんにメモを返した。

『ごめん、こっちはガマンできそうだから』

するとKさんは即座に、渡したメモに字を書き殴り、自分に渡してきた。

『お願いだから!』

Kさんの顔を見ると、顔面蒼白で涙目だった。

訴えるような視線を、自分に向けてきている。

そこまでして、一人ではイヤなのか。

しかし自分も、やっぱり授業中のトイレは恥ずかしい。

どうすればいいんだろう。

そう考えた時だ。

体を震わせていたKさんが突然、ニヤリと笑みを浮かべた。

何だ!?
そう思った瞬間だった。


「っ!?」

授業中にもかかわらず、思わず自分は悲鳴をあげそうになった。

Kさんが自分の脇腹に手を伸ばし、こちょこちょとくすぐってきたからだ。

思わぬ刺激に体が震え、身を捩る自分。

どうにか声を出すのを耐え、教室中に間抜けな悲鳴が響くという事態は避けられた。

しかし、膀胱は刺激に従順だった。

引いていた尿意が、一気に押し寄せてきたのだ。

急激な尿意は、自分の精神を一気に蝕んだ。

ヤバイ。

これはヤバイ。

おもらしの危機だ。

そう思った自分は、慌てて立ち上がり、先生に言った。

「先生、トイレに行ってもいいですか?」

そう自分が言った瞬間、すかさずKさんも立ちあがり、言った。

「先生、私もトイレ言ってもいいですか?」

立て続けのトイレ発言に、クラスは爆笑の渦に包まれた。

厳しいことで有名な先生も、これには呆れ顔だった。

「仲良いなお前ら。

早く行って来い」
先生からの許可が下りた瞬間、自分とKさんは揃って教室を飛び出して行った。


この日ほど、教室が廊下の端っこにあったことを恨んだことはない。

自分とKさんは、手で股間を押さえながら、廊下をダッシュしていた。

みっともないことこの上ない恰好だったが、そんな事を考えてはいられない。

自分の膀胱は、悲鳴をあげ、いつ溢れても仕方ない状態だった。

それはKさんも同じらしく、苦悶の表情を浮かべている。

「ああ、もれちゃう。

もれちゃう」
内股で悶えながら廊下を駆ける自分とKさん。

永遠とも思える苦痛の時間だった。


どうにかこうにかトイレまでたどり着いた時、Kさんが言った。

「最後まで頑張ろうね。

帰るまでが遠足だよ!」
誰のせいでこんな状況になったと思ってるんだ!
そうツッコミたかったが、そんな余裕はなかった。

便器にたどり着いた自分は、慌ててズボンのチャックを下す。

壁に隔てられているはずの女子トイレからは、バタン! と大きな音が聞こえた。

ズボンの隙間から自分のモノを露出させた瞬間、もの凄い勢いでオシッコが噴射された。

ほとばしるオシッコが便器を打ちつけ、苦しみが急速に消えていく。

この瞬間は正直、人生で一番気持ちよかったかもしれない。


自分が男子トイレを出るとの、Kさんがトイレを出るのは、ほとんど同時だった。

「……どうだった?」
恐る恐るKさんに聞くと、Kさんは照れたように答えた。

「ギリギリセーフ……。

スッキリしたぁ……」
うっとりとしたKさんの表情。

正直、かわいいな、と思ってしまった自分がいた。

そしてKさんは、自分に向かって手を差し出した。

「私たち、勝ったんだね! やったね、○○君!」
「うん。

お互いに、もらさなくてよかった……」
そう言って、Kさんの手を握る自分。

が、そこで自分は気がついてしまった。

「って、元を正せば、くすぐったKさんのせいでしょ!」
「細かいことは気にしない! ほら、早く教室に帰ろ!」
Kさんはにっこりと笑い、教室に向かって走っていく。

釈然としないものを感じながら、後を追いかける自分だった。


ちなみにその後の休み時間は、男友達にからかわれっぱなしで心底参った。


Kさんが感謝の言葉を述べてきたのは、授業が全て終わった放課後だった。

「今日は、一緒にトイレに行ってくれてありがとう」
「行ってあげたというより、無理矢理行かされたんだけど」
「やっぱり、○○君も脇腹が弱いんだね」
「ん? ○○君も? それじゃあKさんも弱いの?」
「そりゃあ弱いよ。

っていうか、女の子ならみんな弱いと思うよ」
「ふ?ん」
自分の中に、邪悪な考えが浮かんだ。

周りに人がいないことを確認し、自分はすかさず実行に移した。

「よくも授業中にやってくれたな?! こちょこちょこちょ!」
「キャッ! タハッハッハッハッハ?!?」
Kさんの脇腹へのくすぐりに、敏感に反応した。

身を捩って逃げようとするKさんを押さえつけ、自分はさらにKさんをくすぐる。

「キャッハッハッハッハ? やめて?!」
「やめてほしかったら、ごめんなさいは?」
「ご、ごめんなさい?! 私が悪かった! だからくすぐらないで?!」
その言葉を無視し、自分はKさんを一分間くすぐりの刑に処した。

息も絶え絶えになったKさんは、自分に言った。

「さっきの授業中より、今のくすぐりの方が苦しかったよ……」

そして、それから数年が経った。

自分とKさんは同じ大学に進み、何の因果か、今では一応お付き合いをしている。

デートは何回もしているけど、いまだにエッチはしていない。

いずれは勇気を出して頑張りたいと思っている。


デート時の自分とKさんの合言葉は、たったの一つ。


「トイレはガマンしちゃダメ! 行きたくなったらすぐに言おう!」

終わり