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男は思春期になると気になってしょうがないことがある。

それは成熟した女性が勃起した男性器を受け入れるアソコがどうなっているのかよくわからない事である。

ふっくらしたデルタ地帯にふんわり恥毛がはえているのまでは分かるがそれ以上はおなごが股ぐらを開いて尚かつ両手で広げてくれないとよくみえない。

私自身、小六まで母と入浴してたからチンチンが無く,ふっくらと丘をなしふんわり丘に草が茂っているという感じと、慰安旅行の時、Fが見せてくれたいささか黒ずんでたソレ、と、妻のオマンコだけである。

しまい湯で洗い場を四つん這いになって洗う母のアソコの構造は足を開いても土手は閉じたままで、恥毛はデルタ地帯だけであった。

Fのオマンコは拡げると薄紫のピラピラが。

恥毛はアナルの周りまでビッシリ。

妻のはたっぷり膨らんだ土手にピンクの薄いピラピラがあって恥毛は前だけである。

今思うと数少ないFとの交わりが童貞を捨てたという事もあって思い出深いし、F自身が私をオマンコでたらし込もうとしてただけあって自由奔放に性行為を享受してた。

股を拡げ,足を上げて「◯◯君ここに入れるんだよ、これ以上言わさないでね、へへ」と指導してくれた。

あの晩は主任とK子、私とF、林照代が壁一枚を隔てて、女の腹の上で腰を振っていたというか、最高に硬くなった持ち物で女たちのオマンコをこねくりまわしていたわけだ。

まあ,ベテランの主任と童貞卒業の私じゃ格段の差はあったろうけど。

人生最高の一夜だった。

 おなごがオマンコに情熱的か否かを決めるのは育ってきた家庭環境のような気がする。

漁村に生まれ、思春期から、親のオマンコを臆する事無く眺めてき、親も隠さずに奔放に愛の行為をこの前で演じてくれば,やはりこういったセックスに天真爛漫なおなごが育つのかもしれない、
何しろ,昼間やってるとこへ近所のおばさんがやってきて床からあっけらかんと母親が父親の腹の下から返事をするとか、、、、
父親が遭難しかかって帰ってきた日、一日中お互いにしがみつきあい、やりまくっていたというから、、丘で生活する勤め人とは世界が違って当然なのだろう。

漁師のおかみは美人で愛想がよく、気丈で、情が深い人が多い。

照代とは一年足らず、旅行したり,ドライブしたり、泊まった晩は、男が床で求める事は何でも受け入れて、はじらわず、、、、今の妻とは随分違うなあと思う。

セックスだけ一生共にするなら照代は最高の伴侶になっただろう。

あの晩、Fが浴衣をはだけて両手でオマンコを全開して「◯◯君、ここがクリで、ここがおしっこの出るとこで、ここが男の人のオチンチンを入れるとこで赤ちゃんが出てくるとこ、フフここはわかるよねお尻に穴だよ」といって私の勃起したものを握り、「◯◯君凄く立派だよ、うちのお父さんとおんなじくらいりっぱだよ?」といって優しくしごいてくれたので危うく漏らすところであった。

前も書いてけど、私にとっては竜宮城へ行って乙姫さまをやりたいだけやった晩であった。

色の朝黒く、言葉使いのいささか荒い乙姫さまだったけど。