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私は某公的機関に勤めるOLです。

どちらかといえば少しおとなしいタイプだと言われます。

現在、結婚を前提に交際している彼がいます。

こんな私ですが人には言えないような経験を大学時代にしているんです。

現在、チアリーダー部が舞台になっているテレビドラマが放送されていますよね。

それを見ていて、自分が過去に経験した凄い体験が思い出されてきたので、投稿してみようと思いました。

少し長くなりますが聞いて下さい。


1994年当時、私は、首都圏のある私立大学に通う1年生で、チアリーダー部に所属していました。

頑張っている選手を応援したいという純粋な気持ちとコスチュームや動きの華やかさに魅かれて入部したんです。

でも入部してみると練習は相当ハードで、慣れない1回生達にとってへとへとになる毎日でした。

もちろんチアリーダー部は体育会系なので、規律や上下関係はとても厳しく、先輩の命令には絶対服従なのが当たり前の様な雰囲気でした。

練習は普段体育館でしていましたが、あるとき練習開始時間に遅刻した子がいたんです。

こんなときは連帯責任ということで、1回生は9人いましたが、罰として全員尻を叩かれました。

その時の格好なんですが、床に四つん這いになり、アンダースコートと下着を膝まで下ろし、尻を突き出さなければなりません。

初めて尻叩きをされるとき、当時処女だった私は下着まで下ろすことにとても抵抗がありモジモジしていると、4回生から、「何ぐずぐずしてんだー!」と思い切り後ろから股間を蹴り上げられました。

私は痛みと恥ずかしさで涙を浮かべながら、膝まで一気にショーツごとズリ下ろしました。

剥き出しの股間に風がスーッと当たる感覚が、いま自分が下半身裸であることを実感させ恥ずかしさを掻き立てました。

当然、後ろに立っている上級生達からは、私の秘部や陰毛そして尻の穴まで丸見えになっているはずです。

四つん這いの尻がズラーと並んだところで、上級生がスリッパで思い切り叩いていきます。

パアア~ンという音が何度も何度も体育館に響き渡ります。

尻の肉の部分を叩く先輩もいれば、尻の割れ目の中央、肛門を狙いすまして叩く先輩もいます。

何十回と尻を叩かれて尻が真っ赤になるころようやく終わりましたが、この後すぐ厳しい練習が控えていました。


チアリーダーの見せ場は、何といっても開脚ジャンプやラインダンスのように脚を高く蹴り上げるハイキックです。

これが出来るようになるためには、脚を伸ばしたまま真っ直ぐに上げられるよう体を柔軟にしなければなりません。

私達1回生は入部してすぐに、2週間以内にこれが出来るようになるように命令されました。

私も毎日必死で柔軟体操を続けましたが、うまく出来るときと出来ないときがありました。

2週間経って、ちゃんとマスターしたかどうかテストされることになりました。

1回生が順番に開脚ジャンプとハイキックをやり、上級生がチェックします。

少しでも膝が曲がっている子は、後で罰を与えると言われ、皆必死です。

合格の子もいれば、不合格の子もいました。

そして、私の番がきましたが、緊張していたせいかハイキックの時に膝が少し曲がってしまいました。

不合格でした。

このときはどんな罰を受けるのか想像もしていませんでした。


全員が終わった後、不合格の子だけ並ばされ、いよいよ罰を受けることになりました。

不合格の子が逆立ちをして合格の子がその両足を持ってV字型に左右に拡げます。

応援の時によく見るフォーメーションですね。

この状態では股間は天井を向くような形で晒されることになります。

そこへ上級生達がスリッパを思い切り股間に振り下ろすんです。

私の開いた股間にも何度もスリッパが振り下ろされ、その度に股間が痺れるような痛みを感じました。

でも、これで終わりではなかったのです。

次に、スコートと下着を脱ぐように言われました。

既に何度か尻叩きの罰を経験している私達は、このときはあまり抵抗なく下着を下ろして、下半身裸になりました。

そしてさっきと同じように逆立ちをしてV字型に両足を広げられました。

そこへ上級生達がさらにスリッパで股間を叩いていきます。

剥き出しの大陰唇を何度も叩かれながら、私は股間に感じる痛みに必死で耐えていました。


私のいた大学のチアリーダー部では、月に1度、男子応援部との合同練習がありました。

合同練習自体は特に変わったことはありませんでした。

でも、練習が終わった後の打ち上げというか交流会というのが信じられないものだったんです。

先輩達は、団結を深めるための交流の儀式というふうに言っていました。

そして、入部1ヶ月目の初めての合同練習の後の交流の儀式は、私にとって忘れられない体験となりました。

練習が終わるとすぐに、チアリーダー部員は男子応援部の部室に集まります。

高校の教室くらいの広さで、ロッカーや長椅子や長机が置いてありました。

この時は全部で40人ちょっといたと思います。

全員揃うと、チアリーダー部長が「これから、応援部との連帯感を深めるための交流の儀式をします。

また1回生達の歓迎の儀式も行います。

」と言いました。

そして、私達1回生達は、スカートと下着を脱いで下半身裸になり一列に並ばされました。

目の前2m位のところに女子の先輩や男子部員が座っています。

直立しているので女性器はかろうじて隠れていますが陰毛は丸見えです。

そこで一人ずつ自己紹介をさせられましたが、このとき男性経験の人数も告白させられました。

私の番になって、「まだ処女です」と言うと、上級生達が意味ありげな笑いを浮かべていました。


自己紹介が終わると、上級生たちも男女とも下着を脱ぎ下半身裸になりました。

応援部の男子は、伝統なのか、みんな褌をしていました。

そして、なんと、今脱いだ下着を男子と女子が交換して履くんです。

女子は褌を締め、男子は私たちの履いていたショーツを履きました。

私のショーツは、この日はピンク色でフロントレースの可愛いものでしたが、それを男子部員が履くとき、練習後の汗と分泌物が染み込んだショーツの股布の部分までしっかりと見られました。

それを男子が今身に着けていると思うと、顔から火が出るほど恥ずかしかったことを覚えています。

私達1回生が褌を締めるときは男子部員が手伝ってくれました。

汗の浸み込んだ褌の布を股の下に通し、腰の後ろで反転させて前に持ってきます。

グイッと思い切り布を引っ張り上げられ強く締められました。

お尻の割れ目だけでなく大陰唇にまでよじれた布が食い込み、クリトリスが布で少し押しつぶされ圧迫された状態のまま締め込まれました。

陰毛は完全にはみ出していました。

何ともいえない変な感じでしたが、なぜか気持ちまで引き締まるような気がしました。

先輩の女子たちは手馴れたもので、自分でサッと締めていました。

女子が褌を締めることってまず無いですよね。

今では大学時代のいい思い出の一つです。


それで、1回生の女子がまず、練習の成果を披露させられました。

5分ほどの演技をします。

褌を締めた格好でハイキックや逆立ちをすると、よじれた褌の横からはみ出した大陰唇や陰毛がみんなに丸見えになり、とても恥ずかしかったことを覚えています。

それが終わると、みんなでジュースやビールを飲みながら、飲み会みたいな感じでおしゃべりが始まりました。

ちなみに、褌は後で男子に返しますが、女子のショーツは男子にプレゼントしてしまうんです。

理由はよく分かりませんが、以前からこのような習慣になっている、ということだけですね。

ですから、私も卒業までに何十枚も、練習後の汗の浸み込んだショーツを男子部員に渡したことになりますね。

そのショーツを男子部員の人たちはどうしてたんでしょうか。

きっと、持ち帰った後、匂いを嗅がれたり、履かれていていたんだと思うと、今思い出してもとても恥ずかしいです。


おしゃべりが始まって30分ほど経ったころだったと思います。

部長同士が顔を見合わせてうなずくと、チアリーダー部長が1回生の女子に、褌を取って四つん這いになり、尻を思い切り突き出すよう言いました。

私達はあの尻叩きの時と同じように、1列に並び下半身裸で四つん這いになりました。

当然男子部員には全てが丸見えです。

私の裸の尻はもちろん尻の割れ目の下方の秘部や陰毛に注がれる男子の視線を痛いほど感じました。

このとき私は、またスリッパで尻を叩かれるのかしら、と思いましたが、実際はそんなものではなかったんです。

次に、男子部員たちが学ランを次々に脱ぎ始めました。

そして、四つん這いで尻を突き出して並んでいる1回生の後ろに全裸の4回生の男子部員が一人ずつ並びました。

私は、これから何が起こるのか、まさか・・・、とは思いましたが、予想通り不安が的中しました。

剥き出しの私の尻を、男子の手がグッとつかんだんです。

見ると、ペニスは天井を向くほど太く勃起していました。

交流の儀式とは、実は、男子部員と女子部員との性器の結合のことだったんです。

4回生の勃起したペニスの先が私の大陰唇に触れたとき、「ああ、今から生まれて初めて男のペニスが私の中に入ってくるんだ。

ついに処女を失うんだ」と思いました。

先輩は、ペニスの先で私の大陰唇や小陰唇を拡げたりして弄んでいましたが、すぐに、太いペニスがゆっくりと割れ目をこじ開けて私の膣に食い込んできたんです。

処女膜が破れる痛みと一緒に、下半身がズンッと痺れるような感覚が襲ってきたとき、「今、わたしは処女喪失したんだ」という思いで頭が一杯になりました。

ペニスはそのまま私の処女の膣をミシミシと掻き分けて奥まで貫通し、とうとう、私の股の中心に完全に埋め込まれてしまったんです。

私は、自分の体の中に、まるで杭のようにペニスがしっかりと打ち込まれている異物感をはっきりと感じたのを、今でも覚えています。

そして、ペニスが膣を出入りするたびに、私の股の中心部分の体の内側と外側がひっくり返るような感覚が襲ってきました。

交流の儀式では、男子は一人の女子に100回ピストンするとペニスを抜いて右横の女子に移動します。

そして同じ様に次の女子にペニスを挿入し100回ピストンします。

これを何度も繰り返し、射精した男子から終了です。

人によって射精までの時間が違っていましたが、鍛えられた応援部の男子です、早い人でも10人目、遅い人で20人目という人もいましたね。

1回生は9人いたので、3順目でやっと全員終了といったところです。

1回生の女子からも、しばらくすると、オーガズムに達し、イッてしまう子もあらわれました。

早い子で、4人目位の男子に貫かれている時だったと思います。

女子がイッてしまっても、男子全員が射精するまでは終わりませんので、イッた後も休みなくペニスで貫かれ続けます。

何度も何度もイカされ、叫び声を上げ続け、失神寸前になる子も何人もいましたね。

この時が初体験だった私の膣も、容赦なく太いペニスで擦られ、私は、股間に広がる処女喪失の痛みを我慢しながら、泣いていました。

9人目の男子に貫かれているときだったと思います。

回数で言うと800回以上、男のペニスが私の膣内を往復した頃ですね。

四つん這いになっている私の股の後ろから、今、私の膣を突き上げている男子の手が伸びてきて、クリトリスをギュッと押さえたりして、弄び始めました。

まだ股間の痛みはまだありましたが、そのとき、痛みと一緒に、なんともいえない快感が股の奥からジワーと湧き上がってきたんです。

それがだんだん大きくなって、私の下半身全体に広がっていくのを感じました。

人生で初めて感じる快感に、私は恥ずかしさも忘れ、「アアア~~~」と、はしたない喘ぎ声が自然に漏れてきました。

その頃になると、私の膣からは愛液が止めどもなく溢れてきて、ペニスで突かれるたびに、私の股の結合部分は、「グチュッ、グチュッ」と凄い音をたてていました。

そして、・・・全身がフワッとした感覚に包まれたかと思うと、私の下半身は小刻みに痙攣していました。

そうです。

私は、初体験でイクことを覚えてしまったんです。

結局、その日、私は延べ17人の男子に貫かれ、3回もイッてしまったんです。

想像してみてください。

30分以上も、「アッ、アッ、アッ、アアアッアア~~~」という9人の二十歳前の女子大生の喘ぎ声や、大学生の男女の肉がぶつかりあう「パンパンパンパンッ」という音や、愛液まみれの性器が摩擦しあう「グチュッ、グチュッ」という音が一斉に響き渡るんです。

今思うとAV以上に卑猥な光景だったと思います。

でもこの時は運動部の厳しい規律で先輩の命令には絶対服従ということがみんな当然のように受け入れられていましたので、こんな恥ずかしい格好を晒しても、部員同士の一体感すら覚えていたのですから不思議なものですね。

ちなみに射精は当然膣外です。

私も尻の割れ目の辺りに射精され精液が肛門を流れ落ちる感覚を今でも覚えています。

最後の男子が射精すると、1回生全員起立して「ありがとうございました」と言って、歓迎の儀式が終了です。

その後は、2回生以上の先輩たちも参加して、思い思い男子部員達と抱き合ってセックスが始まりました。

それが2時間位続きました。

まさに乱交パーティですね。

二十歳前後の男女が何十人も全裸で交わっている光景は、凄かったですね。


その後も応援部との交流の儀式は毎月行われましたが、毎回少しずつやり方は違っていました。

二回目のときは、四つん這いではなくて、床に仰向けになり、両脚をM字型に開き両膝を手で抱えます。

まるで蛙のような格好ですね。

もちろん下着は全部脱いでいますので、女性器やお尻の穴まで完全に露出された格好です。

そして、前回と同じ様に、男子部員にペニスで貫かれ、1人100回ずつ交代で太く勃起したペニスで膣を突かれます。

ある4回生の男子は、ペニスを入れたまま私の両脚を思い切り胸の方に倒しました。

私のお尻は上に高く持ち上がり、マングリ返しの格好で貫かれました。

この格好だと、自分の股の間が自分の顔のすぐ上にくるような位置になって、自分の女性器に突き刺さったペニスが割れ目から出たり入ったりする様子を目の当たりにすることなりました。

先輩の男子部員は、私の股に杭のように埋め込んだペニスをピストンしながら、私の大陰唇を指で左右にビラビラと拡げてみたり、クリトリスをつまみ上げたり揉んだりしていました。

私の小陰唇や膣の粘膜は、勃起したペニスに絡みついて捲れ上がり、そこから愛液が飛び散りました。

セックスのときでも女性は普段見ることの無い、自分の性器の結合部分を眺めながら、このとき私はこの上なく興奮し、はしたないあえぎ声を上げていました。


またある時は、アナルセックスの時もありました。

四つん這いの格好でお尻の穴を貫かれます。

さすがにアナルセックスを体験済みの1回生はいませんでしたので、みんなものすごい声を上げていましたね。

でも甲高い叫び声という感じじゃなくて、「ウオッ、オッ、オッ、ウグッ~~」とか「ハアッ、ンン~~」といった、こもった様な感じだったと思います。

アナルのときはそのまま直腸の中に射精されました。

その他にも、騎乗位で交流したときもあり、この時は女子が男子部員の上に跨って腰を振ります。

100回お尻を振ると、隣に横たわっている男子に移動して、ペニスに跨ります。

男子の先輩の中には、背面騎乗位、つまり、女子のお尻を男子の顔のほうに向けてペニスに跨るように要求する人もいました。

私も夢中で尻を振りましたが、その後ろで、男子の手で両方の尻たぶを掴まれ左右に拡げられたり、肛門の皴を伸ばされたり、指を入れられたりしました。

ちなみに、応援部との交流会は月1回でしたが、チアリーダー部が応援する他の部、例えば、ラグビー部、アメフト部、野球部などの部員達との交流会も毎月ありました。

ですから、2週間に1回、応援部とその他の部が交互でしたね。

特に、アメフト部の男子は強烈でした。

皆、体格に比例してペニスもすごく太くて長いんです。

そのペニスで貫かれると、ペニスの先が私の子宮に完全に当たるのが分かるんです。

それで、1時間以上も休み無く、膣の奥を子宮まで突かれ続けるんです。

このときは、私は3人目で最初のオーガズムに達してしまい、その後も何度も何度も立て続けにイカされ、喘ぎ声も絶叫に近い声をあげ続けていました。

そして、このとき、私は初めて、セックスで失神してしまったんです。

終わったあと何日かは股がヒリヒリしていました。

交流の儀式で性交するときは、膣外射精が原則でしたが、勢い余って膣の中に射精されたことも何度もありました。

精子が、私の膣の奥、子宮にまで、ドクドクと注がれる感覚がはっきりと思い出されます。

幸いにも妊娠するようなことはありませんでした。

そんなことで、とにかく、大学生のときにHなことは一通り経験してしまい、卒業までに50人以上の男のペニスを自分の女性器に受け入れていました。


私は、現在は、彼氏と月に4~5回のデートでセックスを楽しむ、ごく普通のOLをしていますが、大学生の時の、あの部室での強烈な経験は今でもよく覚えていて、思い出すたびに股間が濡れてきます。

彼とはまもなく結婚することになっていますが、私が大学生のときに、こんな体験をしていたことなんて、彼には絶対に言えませんね。

大学生のときに何度も私の性器を貫き、時には、精子まで注ぎ込んだ、応援部やラグビー部員達と、今、もし出会ったりしたら、と思うと複雑な気持ちになります。

彼らも、大学時代の私の痴態を、きっと忘れていないと思います。

「この女は大学生のときに、俺のペニスを膣やアナルに何度も突っ込まれ、はしたない声を上げ痴態をさらしていたんだ。

俺のペニスでオーガズムまで感じ、俺の精子を膣内に受け入れたこともあったんだ。

」と思われているかもしれません。
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