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妻は21歳、僕は25歳で新婚1年をチョッと過ぎたところです。


僕が妻と知り合ったのは会社の入社式の時で、僕の隣に立って居たの妻でした。

その時の妻に対する第一印象派は、幼さの残る汚れ無き瞳、ただ童顔というだけじゃない澄みきった円な瞳に程よく膨らんだバスト、キュッと吊り上ったヒップのライン。

僕は身も心も吸い寄せられるようでした。




それはただ単純に年齢の違いが感じさせるのでは無く、それまで女性とは無縁の大学の研究室に篭っていたせいでもありません。

女性関係で言えば、在学中にも数々の誘惑もありましたが、僕の研究の妨げになるほど魅力的な女性が身近に存在しなかったからです。

そんな僕が彼女と交際するきかっけは、通勤電車が同じ路線で僕より一駅後に彼女が乗車して来る事に彼女が気付き、挨拶を交わすようになってからです。

でも、最初は部署が違うので(彼女は経理課、僕は新薬の研究室)話が噛み合わず、お互いに歯痒かった事を覚えています。


しかし、相性が良かったのか仕事以外の話に花が咲き、交際を口にするまでにさほど時間は掛かりませんでした。


でも彼女は僕の交際の申し出に「先に両親に会って欲しい」と頼まれ、深く考える間も無く彼女自宅へ。


そこではギコチナイ僕とは裏腹に、彼女の父親は雄弁でした。

何故なら彼女から僕の履歴や仕事の内容を聞かされていたようで、歓迎ムードで親しく笑顔で話し掛けてくるのです。

で、結局あれよあれよと言う間に僕の両親を巻き込んで、アッと言う間に結婚の段取りまで組まれてしまいました。


でも、僕としては彼女となら決して後悔しなかっただろうし、逆に結婚しなかったらその事を後悔したと思いました。


それで去年の2月にゴールイン。

それこそアッと言う間の出来事でした。

でも仕事の都合で新婚旅行には行けず、結婚して直ぐ新居での新婚生活に入りました。

それから彼女は入社10ヶ月での最速寿退社の記録を作り、新天地となる今のデザイン事務所の経理として20人余りの小さな会社に再就職しました。

ここまでは長~い余談です!

新婚旅行をお預けになった僕たちは、1月の3連休を利用して信州でスノボーを楽しもうと計画をしていましたが、それを妻の勤める会社の社長が聞きつけ、妻にこう頼んだのです。


「私の妻は7年前に、私と小学校1年の一人息子を残し他界しました。

それ以降私は再婚もせずに息子と二人で頑張って来たのですが、息子には何一つ親らしい事をしてやってません。

以前から他の家族のようにスキーやスノボー、海水浴にも連れて行ってやろう思うのですが、私も55歳という年齢で決して息子とスポーツ楽しむ体力など残っていません。

せめて私が死んだ後に息子が苦労しないように、切り詰めてお金を残してやる事ぐらいしか出来ないのです。

しかし、それでは息子が余りにも可哀相に思うのです。

何故なら息子は妻が亡くなってからは一言もお母さんの話をするどころか、私の前では涙一つ見せず、自分の事は全て自分でして、決して私に負担の掛からないように気を使って来てくれたのです。

それどころか、最近では掃除・洗濯だけじゃ無く、料理まで作ってくれるのです。

でも、中学2年になった今でも成績はトップを維持して、親孝行な子なんです。

だからお願いです。

ご迷惑なのは百も承知でお願いします。

息子を一緒にスノボーに連れて行ってやって下さい」

人の良い妻はそれを気持ちよく承諾して僕に報告しました。

ん~、僕としては新婚旅行の代わりのつもりでいたので少し残念でしたが、でも妻の気持ちがよく分かり、快く承諾しました。


旅行当日、僕たちは仕事を終えると直ぐに準備をして、社長の息子M君を家まで車で迎えに行き、社長に見送られながら後部座席にM君を乗せて一路信州へ車を走らせました。

車中では緊張しているのか、M君は僕達の話し掛けに「はい」「いいえ」としか答えず、しばらくぎこちない時間をしばらく過ごしましたが、パーキングで休憩した後に妻が気を利かせて後部座席のM君の横に座った事で3人の距離が縮まり、M君も重い口を開くようになりました。


最初、僕たち夫婦は亡くなった母親の事や、その後の生活の事は触れないように気遣いましたが、次第に話題がその方向に向かってしまい、気まずい思いをするかと思ったら、逆にM君から、私生活の失敗談、例えばお父さんのセーターを普通に洗濯機で洗って縮めてしまった事、ご飯が上手く炊けずに、おこげやオカユを連日親子で食べた事などを面白おかしく話してくれるので、僕たち夫婦はM君の繊細な気遣いと頭の良さに感心しました。


そんなM君も深夜3時を回ると眠気が襲ったのか、妻の膝を枕に、結局ゲレンデに到着するまでグッスリでした。


でも、そのお陰でゲレンデに到着すると初めてのスキー場に大喜び!
その時僕たちは初めてM君を連れて来て良かったと心から思いました。


僕と妻はまだ朝の5時過ぎで、まだリフトも営業していないので車で仮眠を取る事にしましたが、M君はお父さんに買って貰った真新しいウェアに着替えると、僕たちが仮眠から目覚める8時頃まで一人で雪の上で遊んでいたようで、車の周りは小さな雪だるまが沢山並んでいました。

僕はそれを見た妻が一粒の涙を流したのが印象的でした。


その後、僕たちはウェアに着替えると、M君のボードをレンタルで借り、ゲレンデに向かい、初体験のM君に手取り足取り滑り方を教えていたのですが、やはり妻の教え方が上手いのか僕は蚊帳の外になり、気を利かせた妻は僕に「M君は私に任せて、あなたは滑って来て」と言われ、疎外感は有ったものの、僕もその方が助かると思い、自分の上達を目指して頑張る事にしました。

結局一日、僕は妻と別行動を取り、夕方に合流して旅館に向かう車の中ではM君と妻は本当の姉弟のように打ち解けあっていました。


旅館に入り、夕食を済ませ、温泉からあがり寝床に入ると、先ほどまで元気だったM君は疲れが出たようで、とろけそうな目で妻に「ありがとう御座いました、今日は一日楽しかったです」と言いながら頭から布団を被り、寝たのかなぁ~と聞き耳をたてると布団の中からすすり泣く声が聞こえ、妻が布団を捲るとM君は目を真っ赤にして涙を流していたのです。


それを見た妻が「どうしたの?」と聞くと、今日の事がとても幸せだった事、残してきたお父さんが心配であること(別に子供じゃないんだから・・・と僕は思うけど)そんな事を語り始めたのです。

そんなM君の優しさにあてられた妻はM君の布団に入り、添い寝をすると「今度から私の事をお姉さんだと思って、いつでも何でも頼って良いよ」と慰め、「今夜はお母さんになってあげるから、私に甘えて寝なさい」と言いながらM君の頭を自分の胸に抱きしめたのです。


僕はそんな状況に男としてどう振舞ったら良いのか分からず、何とも体裁が悪くて寝たふりを決め込みました。


するとしばらくして隣の妻とM君の寝ている布団から小さな聞き取れない位の小さな声で話し声が聞こえ、その直後にM君が枕元のバックからパンツを取り出し、布団の中で穿き替えたのです。

そうつまり、まだまだ子供だと思っていたM君がパンツの中に射精をしていたのです。

いや、僕が思うに初めての射精、つまり精通だったのんじゃないかと思うのですが、未だにそれは不明です。


でも、その情況を寝たふりをしながら薄目で見ていた僕には滑稽で愉快に思えた反面、自分より早い年齢で女性の胸元に抱かれ、我慢汁を出したM君に少し嫉妬しました。

そんな事を感じながら、M君が妻の胸元に抱かれ小さな寝息を立てるのを薄目で確認した僕は、いつしか眠りについていました。


それからどれ位の時間が経ったのか、僕が小さな物音に目が覚めると横で寝ている妻の上にM君が覆い被さり、大きく広げられた妻の股間に腰を深く沈め激しく妻を攻め立てているのです。

僕は驚きと言うより半分金縛り状態のまま、その光景を薄目ながら目に焼き付ける羽目となったのです。


その時の情景は僕に取って意外な光景でしたが、いったい妻はどのような心境だったのか、その答えは妻が全裸であった事、それが答えだと直ぐに気付きました。


それは決して暖房の効きすぎていた事など理由にはなりません。

捲れ上がった布団を気にせず大きく足を開き、声を噛み殺し、汗ばんだM君の背中に手を廻した妻のその体位は、明らかにM君の欲情に応えたもので、言い訳など出来る性行為では無かったのです。


でも僕は二人に怒りは感じません。

僕もM君に同情していたし、精通している男なら例え中学2年生であっても欲情に走っても仕方ない情況だったからです。

でもやはり多少の嫉妬はありました。

それに箱入り娘の妻に取って僕以外の初めての男性がM君だった事に他ありません。

そんな荒れる心境の中で、僕は妻とM君の寝息を聞きながら眠りについたのです。


次の日、朝食を済ませると妻とM君は早々に着替えるとゲレンデに飛び出して行き、「先に行くわね」の一言で一人残された僕は、昨夜の出来事を思い浮かべながら一人自分を慰め、スッキリしたところでゲレンデに二人を追いかけました。


ゲレンデに出ると、昨日の朝までのぎこちない滑りのM君とは違い、驚く程の上達ぶりを僕に自慢げに見せてくれたのです。

妻の「やっぱり私のコーチが良いから」と言う自慢よりも、上手く滑れる事を僕に見て貰いたいというM君の子供っぽさが可愛くもあって、昨夜の出来事が嘘のようでした。


そして、その日の晩も、食事を済ませ、温泉に浸かり、寝床に入ろうとすると妻が自分から僕とM君の間に寝床を陣取り、そそくさと寝息を立て始めたのです。

僕はその行動に意味ありげと感じつつ、M君が寝たのを確認した後に眠りにつきました。


でも昨夜と同じ物音に目を覚まし、妻の様子を伺うと、M君は妻の背後にかまぼこと板の様にくっつき、後ろから妻を攻めたてていたのです。


その情景を簡単に説明すれば、妻はM君に完全に身を任せており、喘ぎ声を噛み殺すに精一杯という感じで、胸元の布団は胸を弄られているだろう事を分からせる位に波打っていました。

結局、二人の行為は10分と続かなかったように思いますが、M君の動きが止まった後に妻が立ち上がり、枕もとのバックからポケットティッシュを取り出すと、溢れ出したM君の愛液を丹念に拭い去っていたのです。


そして今度は布団に戻るなり、布団に深く潜りM君の男根を口で綺麗にしていたのです。

それは勿論、M君の虚ろな目つきと、その場所であるだろう所の布団が妻の頭の動きに合わせて浮き沈みしていたことで察しが付きました。


後の事は後日に書き込みますが、僕がその二人の様子に気付いていたことは、妻は知っていたようで、帰りの車の中で訳もなく「・・・ごめんね」の一言が全てを物語っていたのです。


妻は帰り車の中で、M君が寝たのを見計らって「ごめんね」の一言を言うと、運転で疲れている僕を尻目にM君と寄り添うように眠りました。


その後、僕の頭の中で、色々と今回の出来事に付いて整理をしてみました。

今回の妻の取った行動は、道理的は決して許されるものではありません。

しかし、もし自分が妻の立場だと、自分が女だったらと仮定して考えると、きっと妻と同じく情に絆されてM君を受け入れていたと思う。

逆にM君の立場になって考えてみると、母親みたいに甘えた胸が若い成熟した女性の体であった。

それに対して善悪の判断を越えて本能のままに行動を起こしてしまう。

しかも咎められずに受け入れてくれるなら尚更に。


では、自分の立場で、あの時の事を回想すれば確かに驚きはしたが怒りは感じなかった。

それは二人の情事を横目で見ながら過去の自分、つまり自分の初体験を思い出していたのです。


僕は結婚前に、妻に対して童貞だと嘘を付いた事があります。

でも、それは決して妻が童貞を望んでいたからではありません。

ただ自分が軽い気持ちで恋愛をして、女性の体を求める男ではない。

早い話、硬派を気取っていたかった。

それだけの事なんです。


でも、現実はM君と同じ、いや近い立場で初体験をしたのです。

それは僕が16才(高校1年生)の時、隣に住んでいた22才のお姉さんが初体験の相手だったのです。


お姉さんは当時、大学の理学部、分子工学醗酵学科に籍を置く4回生でした。

(僕は、そのお姉さんに憧れて同じ道を選択)
周りからは大人の色気を持った官能的な女性と絶賛され、お姉さんに言い寄る男は数知れず・・・と巷では有名でしたが、当人は外見だけで評価される事を嫌がり、周りの男達のプロポーズを無視し続け、大学を卒業するまで決して誰にも心を許さず、気高い女性として定評もありました。


しかし、そんなお姉さんも親の命令には従順で、大学の卒業と同時に父親が勤める市民病院の後輩医師、つまり父親の部下と結婚する事になったのです。


お姉さんと僕が結ばれたのは、お姉さんが挙式を控えた一週間前です。

子供の頃から、お姉さんも僕もお互いに一人っ子だったので、お姉さんは僕を実の弟のように可愛がってくれ、僕も実の姉のように慕っていました。

そんなお姉さんが、結婚前に荷造りして荷物を運びたいので手伝ってと言われ、二つ返事でお姉さんの部屋に行くと、目に涙を浮かべたお姉さんが僕に、

「私は恋愛に夢など持って無い、だから結婚しても相手を好きになれないと思う。

だから私の最初の相手に、思い出の相手にサトル(僕の名前です)がなって欲しい」

そう言って荷造りされた段ボール箱だらけの部屋のベッドへ僕を誘ったのです。


しかし、お互いに処女と童貞で上手く結ばれるまでに時間が掛かりました。

僕にとっても、お姉さんにとっても、初めての情事。

興奮して激しく動く僕の下でお姉さんは涙を目に浮かべ、優しく首に手を廻し、口づけしてくれました。

僕にはそのお姉さんの涙が、これから迎える不本意な結婚への悲しみの証か、僕と結ばれた歓喜の涙か、処女を捨てる痛みせいか判断出来ず、本能のままお姉さんの中で頂点を迎えました。


情事が終わり、僕がお姉さんの脇に横たわると、お姉さんは僕の顔を覗き込み、優しく顔を撫でながら「サトルが社会人になるまで待つから私を貰って」と耳元で呟いたのです。


僕は大好きなお姉さん言葉に喜びを感じた反面、責任を追求されているのかと、しばらく呆然としていると「冗談よ!ありがとうサトル」と言いながら僕に優しく口づけして、ベッドを降りてシャワーを浴びに浴室に向かいました。


それが僕の最初で最後のお姉さんとの関係でした。

お姉さんはその後、予定通りに結婚はしましたが、一年後に白血病を患い、その半年後にはこの世と別れを告げたのです。


僕に取っては悲しく切ない思い出です。

もし、あの時に・・・と、何度後悔した事か。

でも、そんな経験が僕の女性へ対する理想像を高くし、周りの女性を退けるようになったのです。


話は自分の思い出話に反れましたが、あの当時の自分と今のM君とが重なり、彼を責める気持ちなど微塵も起こりませんでした。

それより妻との事を良い思い出に変えて、女性に対する理想を高く持って欲しいと願いました。